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2013年10月11日金曜日

『セックスワーカー×支援者サポートハンドブック(SWEETLY × Japan HIV Center出版)』を読んで

 私は、10月1日の午前中、宝塚大劇場にて宙組の「風と共に去りぬ」を見ながら不覚にも泣いてしまっていた。レット・バトラーの「情婦」、「商売女」と呼ばれるベル・ワットリングが南北戦争でかかる軍資金を寄付しようと、お金を手渡そうとするのだが「あんな女の金は汚い」といって受け取ってもらえない。その心ない扱いに対して「商売女だって、南部を思う気持ちは同じなのに、私だって人間なんだ」と叫ぶシーンで、思わずうるっときたのだ。
その一幕が終わった後、私に宝塚の面白さを教えてくれたSWEETLYの御苑生さんに劇場でお会いした。たまたま同じ日に観劇に行く事がわかり、幕間に会おうという話となったのだ。そこで、この本を渡してくれたのだ。
なんという…タイミング!


Sweetlyとは、「Sex Workers! Encourage, Empower, Trust and Love Yourselves! スウィートリー」という1995年にセックスワーカーの自助グループとして発足した団体だ。私は昨年に、メンバーである御苑生さんと知り合うとともにその存在をはじめて知った。
 私はこの本をめくるたびに、あのベルのセリフと、宝塚大劇場を思い出すだろう。というのも、ベルのセリフの「私だって人間なんだ」というセリフは、この本の主張につながるコアなものだったから。そして、この本について御苑生さんと語った場所が「宝塚大劇場」だったからだ。

 それにしてもこの本の構成はよく考えられているなあとおもった。ピンク色の側の表紙と、緑色の側の表紙との両方が「表紙」となっている。ピンク色の表紙を開くと「支援に役立つ情報とポイント」緑色の表紙を開くとセックスワーカー当事者がファシリテーターとなる「ワークショップマニュアル」となっている。情報と知識、そして実際に出会って学ぶ事。この両方がそろってこそ、本当にセックスワークについて「知り」、セックスワーカーに「出会う」ことが可能であると本の作りそのものが示唆しているようだ。セックスワーカーが一方的に視線に晒される対象であるようなかたちで、セックスワークをテーマとしている本や、一方的に聞き取られる側にセックスワーカーをおいた上で「売春について調査しました」という本はかなりあるが、セックスワーカーが中心となって行うワークショップが紹介されている本は極めて少ない。セックスワークに関する本を書くならば,それこそこの本を読んで、ワークショップなども参加し、相談の受け方(つまり話の聞き方)を学ぶことからはじめた方がいいのではと思いもした。
 この本ではセックスワーカーに対するNGワードについて語られているが、それは「偏見が繋がりを阻む」からだ。よく「あなたに不快をあたえてすみません」的な言い回しがあるが、不快を与えたからいい悪いではなく、どんな言葉が、考え方がセックスワーカーと自分を引きはがすかを考えた方が良いという事だ。逆に言えば、セックスワーカーと自分を引きはがすということは、どういう意味があるのか、そういうことをNG ワードから考える事が大事なはずだ。

この本は無料配布されるそうですが、次の冊子を発行するためのカンパは大歓迎との事。私もいくばくかの寄付と同時に、宣伝をしたい。sweetly のメールアドレスは sweetly.cafe@gmail.com

ここから少し私語りになるのをお許しいただきたい。

2012年8月20日月曜日

今こそチッソ労働組合の歴史を知りたい・・・『チッソ労働組合と水俣病』を読む・・・(1)


 水俣病。チッソと日本国家による犯罪的ななれ合いが引き起こした病。しかも20年近く放置され、第二の新潟水俣病まで引き起こしたというこの「公害」。
 私は東日本大震災の直後、2011年の4月に水俣を訪れた(あと長崎、広島、最後に敦賀を訪れた)。震災による東北の大被害、そして、今回の東京電力と国家の無策による原発事故。原発は危ないと知っててもなにもしてこなかった私。過去の公害や核の歴史、それにまつわる企業や国家の歴史について知ることによってしか、この現実を受け止められないと思ったからである。
 水俣の相思社を訪れ、さらに「聞書水俣民衆史」(全五巻 草風社)を読んだ。この五巻本は水俣病が起こる前の、明治からの水俣の歴史が書かれている。チッソが水俣で業を起こし、その後朝鮮半島を日本が植民地にした時代に、朝鮮に住む人びとを搾取し続けた会社であることが書かれているのだ。「植民地は天国だった」というチッソの関係者からの証言がそこで話されている。
 しかしこの五巻本はこの植民地時代までである。実は私が知りたかったのは、植民地支配の構図と水俣病を生み出す構図の具体的な共通性、であった。直感的には絶対に重なってるはず、と思いながらいかに重なっているかを具体的に知りたかったのである。
 あともうひとつ。チッソ労組は、会社に対抗する第一組合も御用的な第二組合も、ずっと水俣病のことを放置して来たが、途中から第一組合側は「恥宣言」という有名な宣言・・・つまり水俣病を放置して来たことを「恥じ」、共闘を誓う宣言を1968年の8月30日に行った。水俣病発生から15年も経っていた。放置して来た理由というのは、なんだか想像がつきそうだが(今も電力総連のように)、それにしてもなぜこのような宣言を出し得たのだろう、ということも知りたかった。

しかし、去年の秋から仕事を始め、さらには自分の体を壊しもし、水俣の本を読むことも、自分の疑問を突き進めて行くことも、中断してしまっていた。
 ところが、先日、ある友人が私に連絡をくれた。チッソ労組と水俣病の関わりが書かれている論説がある、というのだった。その論文は私の疑問にまさに答えてくれるものであった(続)。